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宇土市年表

旧石器時代
西暦   宇土の歴史 日本・熊本の歴史
9万年前   阿蘇山大噴火により馬門石ができる。  
BC31000   ナイフ形石器とスクレイパーが出土(平土遺跡)。 日本最古の遺跡(熊本市石の本遺跡)。

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縄文時代
西暦   宇土の歴史 日本・熊本の歴史
BC8000   ≪早期≫
    押型文土器や塞ノ神式土器が出土。宇土半島周辺に人々の生活の痕跡(宇土市轟貝塚石ノ瀬遺跡など)。  
BC4500   ≪前期≫
    轟式土器の出現(轟貝塚)。  
    曽畑式土器の出現(曽畑貝塚)。  
    鯨脊椎骨を土器製作台として使用(轟貝塚,西岡台貝塚)。 曽畑式土器が九州全土から沖縄島まで分布。
BC3000   ドングリの貯蔵穴群(曽畑貝塚低湿地)。  
    ≪中期≫
    熊本県域を中心に阿高式土器がさかんに使われる(城南町阿高,黒橋貝塚,轟貝塚)。   
    規模が大きな貝塚の形成(轟貝塚,城南町黒橋貝塚)。  
BC2000   ≪後期≫
      石器の製作工房遺跡(二子山石器製作所)。
    曽畑貝塚から市来式土器,北久根山式土器が出土。 農耕の開始(大津町クワド石遺跡,熊本市石の本遺跡,鳥井原遺跡,菊池市泗水町三万田遺跡など)。
    ≪晩期≫
      玄界灘沿岸を中心に本格的な水稲耕作が伝わる。

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弥生時代
西暦   宇土の歴史 日本・熊本の歴史
BC400   ≪前期≫
BC31000     鉄器や青銅器が伝わる。
    環壕集落が形成される(宇土城跡三ノ丸遺跡)。  
BC200   ドングリの炭化物などが出土した袋状の貯蔵穴を検出(宇土城跡城山遺跡)。  
    ≪中期≫
    朝鮮系無文土器が出土(石ノ瀬遺跡)。  
    大規模な環濠集落が形成(境目遺跡,善導寺遺跡)。   
    甕棺墓がつくられる(宇土城跡城山遺跡,境目西原遺跡)。  
紀元前後   ≪後期≫
    中国鏡や弥生小型?製鏡が出土(轟遺跡,西岡台遺跡)。 57 倭の奴国王,漢の光武帝より金印を授かる。
    免田式(重弧文)土器が用いられる(下松山遺跡)。 倭国大乱が起こる。
      239 邪馬台国の卑弥呼,魏に朝貢し「親魏倭王」となる。

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古墳時代
西暦   宇土の歴史 日本・熊本の歴史
250−400   ≪前期≫
    熊本県最古の前方後円墳・城ノ越古墳を嚆矢として,宇土半島基部に前方後円墳が数多く築造される。  
    九州最大規模の首長居館(西岡台遺跡)。   
    竪穴式石槨をもつ前方後円墳出現(迫ノ上古墳)。   
    県下最大級の前方後円墳(天神山古墳)。  
    ほぼ完全な形の女性首長の人骨や中国鏡などの豪華な副葬品が出土(向野田古墳)。  
400−500   ≪中期≫
    石棺や横穴式石室に馬門石(阿蘇溶結凝灰岩)を利用し始める。  
    装飾古墳の出現,船の線刻文初見(ヤンボシ塚古墳)。  
    中肥後型家形石棺が造られる(馬門石石切場跡)。  
    馬門石製の家形石棺が近畿及び中国地方に運ばれる。  
500−600   ≪後期≫
      507 継体大王が即位(531没)。
    真の継体陵とされる大阪府高槻市・今城塚古墳の石棺として,馬門石製家形石棺が輸送される。  
    火の君,最初磐井につくが,後に朝廷に合流。 527 筑紫国造磐井の乱。
    横穴墓の出現(尾ノ上横穴墓群,小部田横穴墓群)。  538 百済から仏教が伝来。
    横穴式石室に馬門石が多用される(椿原古墳,梅崎古墳)。  
    ≪終末期≫
    宇土半島基部の装飾古墳に船の線刻絵画が盛行(仮又古墳,梅崎古墳,宇城市桂原古墳)。  
    推古大王第1子竹田皇子の陵に馬門石製石棺が使われる(奈良県植山古墳)。  

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飛鳥時代
西暦   宇土の歴史 日本・熊本の歴史
593(推古元) 4.10   推古天皇が即位し,厩戸皇子(聖徳太子)摂政となる。
607(推古15) 7.3   小野妹子らを隋に遣わす。(第1次遣隋使)
630(舒明2) 8.5   犬上御田鍬らを唐に遣わす。(第1次遣唐使)
645(大化元) 6.12   乙巳の変
663(天智2) 8.-   日本と百済,唐・新羅と戦い,大敗。(白村江の戦い)
672(天武元)     この頃,西日本各地に古代山城が造られる。
壬申の乱始まる。
700(文武4) この頃 宇土郡に大宅牧を設置。  

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奈良時代
西暦   宇土の歴史 日本・熊本の歴史
701(大宝元) この年   大宝律令が制定される。
710(和銅3) 3.10   平城京へ遷都。
750(天平勝宝2)   正倉院文書に「宇土郡」初見。  
790(延暦9)   肥後国浄水寺古碑に「宇土郡」名あり。  

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平安時代
西暦   宇土の歴史 日本・熊本の歴史
794(延暦13) 10.22   平安京へ遷都。
864(貞観6) 11.4 肥後国大宅牧を廃止。  
894(寛平6) 9.-   遣唐使を廃止。
935(承平5)     承平・天慶の乱おこる。(〜941年)武士の台頭。
1016(長和5) 1.29   藤原道長,摂政となる。
1048(永承3) この年 宇土城(西岡台)築城か。  
1086(応徳3) 11.-   白河上皇,院政を始める。
1144(天養元) この年 菊池経直・阿蘇大宮司宇治友孝,網田神社を再興。  
1156(保元元) 7.-   保元の乱起こる。
1159(平治元) 12.-   平治の乱起こる。
1167(仁安2) 2.11   平清盛,太政大臣に就任。
1185(文治元) 3.-   平氏,壇ノ浦で滅亡。

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鎌倉時代
西暦   宇土の歴史 日本・熊本の歴史
1192(建久3) 7.12   源頼朝,征夷大将軍となる。
1221(承久3) 5.15   承久の乱起こる。
1232(貞永元) 8.10   北条泰時,御成敗式目(貞永式目)を制定。
1260(正元2) 1.1 寒巌義尹,如来院を建立。  
1269(文永6) この年 寒巌義尹,三日村(現花園町)に三日如来寺を建立。  
1274(文永11) 10.20   文永の役
1276(建治2) 5.-   寒巌義尹,河尻荘大渡橋架橋事業に着手。2年後完成。
1281(弘安4) 5.21   弘安の役
1283(弘安6) この年   寒巌義尹,大慈寺を建立。
1331(元徳3)(元弘元)     元弘の変起こる。
1333(正慶2)(元弘3) 5.-   北条氏滅亡。(鎌倉幕府の滅亡)

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南北朝時代
西暦   宇土の歴史 日本・熊本の歴史
1338(暦応元)(建武5) 8.11   足利尊氏,征夷大将軍となる。
1340(暦応3)(延元5) 1.1 足利直義,如来寺に仏舎利2粒を奉納。  
1342(康永元)(興国3) この年 寿勝寺,安国寺に指定される。  
1346(貞和2)(興国7) 9.11 少弐頼尚の軍勢,三日山如来寺に駐屯。  
1350(貞和6)(正平5)
         (観応元)
1.25 足利直冬,如来寺利生塔領を安堵。  
11.-   観応の擾乱起こる。(〜1352年)
1368(応安元)(貞治7) 12.30   足利義満,征夷大将軍となる。
1386(至徳3)(元中3) 9.- 今川了俊,河尻・宇土を攻める。  

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室町時代
西暦   宇土の歴史 日本・熊本の歴史
1391(明徳3)(元中9) この年   南北朝統一。
1404(応永11) この年   勘合貿易が始まる。
1406(応永13) この年   阿蘇惟村,宇治惟郷に阿蘇・健軍・甲佐・郡浦の4箇社領を譲与。
1434(永享6) この年 名和教長,宇土を所領とする。  
1467(応仁元) この年   応仁の乱始まる。(〜1477年)
1484(文明16) 4.- 宇土為光と菊池重朝,赤熊(現富合町木原)で合戦。  
1501(文亀元) 5.20 宇土為光,菊池能運より肥後守護職を奪う。  
  6.1 宇土為光,孫の宮満丸に菊池惣領家家督を相続させる。  
1503(文亀3) 10.21 菊池能運,宇土為光・宮満丸を殺害。  
1504(永正元) 2.5 名和顕忠,宇土城に入城。(旧宇土庄が名和領となる)  
1534(天文3) 1.26 名和武顕,菊池義武勢力下の隈庄城に宣戦布告。  
1535(天文4) 3.-   豊福・大野合戦。
  この年   豊福領,名和氏から相良氏に割譲。
1536(天文5) 12.22 八代で名和武顕娘と相良晴広の婚儀を開催。  
1538(天文7) 12.- 菊池義武,宇土の名和武顕を訪問。  
1539(天文8) 12.- 名和・相良・阿蘇3氏が和睦。  
1540(天文9) 3.23   大慈寺が焼失。
1542(天文11) 2.2 宇土城および段原(現宇土本町)が焼失。  
  2.- 相良晴広と名和武顕娘が離婚。  
  12.24 名和氏宇土衆,豊福を攻撃。  
1543(天文12) 8.-   鉄砲が伝来。
1545(天文14) 4.- 名和氏・相良氏の和睦が成立し,豊福は名和氏領となる。  
1546(天文15) 6.12 名和武顕死去。名和行興が家督を相続。  
1549(天文18) 7.-   キリスト教が伝来。
1550(天文19) 閏5.23 名和行興,郡浦と網田を知行。  
  6.12 名和行興,隈庄を攻撃。  
  6.17 名和家家臣皆吉武真,宇土城を占拠。  
  6.23 名和行興,宇土城に復帰。  
  8.11 皆吉武真,宇土にて討死。  
1558(永禄元) この頃   小西行長が生まれる。
1559(永禄2) 7.26 名和氏,相良領豊福を攻撃。  
1560(永禄3) 5.19   桶狭間の戦い。
  8.- 名和氏・相良氏の和睦が成立し,豊福は名和氏領となる。  
1562(永禄5) この年 名和行興死去。  
1564(永禄7) 5.8 名和行直,豊福から宇土の内河氏を攻撃し家督を継承。  
1568(永禄11) 9.26   織田信長,足利義昭を奉じて入京。

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安土桃山時代
西暦   宇土の歴史 日本・熊本の歴史
1573(天正元) 7.3   足利義昭,京都を追放される。(室町幕府の滅亡)
1580(天正8) 10.- 島津軍,矢崎城・網田城を陥す。  
1582(天正10) 6.2   織田信長死去。(本能寺の変)
1583(天正11) 3.23   島津氏,八代を直轄領とする。
1585(天正13) 7.11   豊臣秀吉,関白となる。
1587(天正15) 3.-   九州征伐始まる。
  4.11 名和顕孝,宇土城(西岡台)の防御を急きょ固める。 豊臣秀吉,九州征伐のため肥後に入る。
  4.17 豊臣秀吉の先鋒,宇土に入る。  
    名和顕孝が降伏。宇土城の防御工事を中止する。  
  4.21 加藤清正,豊臣秀吉に命ぜられ宇土城を守備。  
  6.2   佐々成政,肥後国領主となる。
  6.19   バテレン追放令を発布。
  8.6   佐々成政,肥後国領内に検地指出を命じる。
  隈部親永らこれを拒否し肥後国衆一揆起こる。
  9.24 豊臣秀吉,立花宗茂に名和氏家臣加悦飛騨守ら3人を宇土に帰すよう命じる。  
1588(天正16) 3.-   豊臣秀吉,加藤清正を肥後に派遣。
  4.- 名和顕輝,西岡台で挙兵。  
  閏5.14   佐々成政が切腹。
  閏5.15 豊臣秀吉,小西行長を宇土に,加藤清正を隈本に置く。  
  6.28 小西行長,宇土城(西岡台)に入る。  
  この頃   小西行長,八代城築造に着手。
  8.12 名和顕孝と城十郎太郎を筑前に替地。  
1589(天正17) 小西行長,宇土城(城山)築造と城下町整備に着手。  
    天草国人衆に宇土城(城山)築城を課役するも,拒否される。(天草国人一揆)  
  10.-   小西行長,加藤清正,天草国人衆制圧のため出兵。
  11.-   志岐城,本渡城が落城。
  12.5   豊臣秀吉,小西・加藤に一揆の事後処理を命じる。
1590(天正18) 7.-   豊臣秀吉,奥州を平定。天下統一。
1592(文禄元) 3.13 小西行長,対馬に入る。  
  4.-   朝鮮出兵。(文禄の役 〜1596年)
  4.12 小西行長・宗義智率いる第一軍,釜山浦に上陸。  
  6.15 小西行長,平壌城に入城。  
  7.16 小西行長,平壌城で明軍の夜襲をうける。  
1593(文禄2) 1.7 平壌にて明軍の総攻撃開始。
  小西行長,平壌から撤退。
 
  4.12 小西行長,沈惟敬と会談し和議が成立。  
  7.19 小西行長,沈惟敬と会談。  
1594(文禄3) 12.14 小西家家臣内藤如安,燕京(北京)に到り明皇帝に謁見。  
1596(慶長元) 6.25   沈惟敬,伏見城で豊臣秀吉に謁見。和平交渉決裂。
  9.2   豊臣秀吉,諸大名に再び朝鮮出兵を命じる。
1597(慶長2) 7.-   朝鮮出兵。(慶長の役 〜1598年11月)       
  日本軍,釜山周辺に上陸完了。
  この頃 小西行長,順天城普請のため全羅道順天に入る。  
1598(慶長3) 8.18   豊臣秀吉死去。
  11.2   日本軍の朝鮮撤退が完了。
1599(慶長4) 9.- 小西行長,宇土に帰国。  
1600(慶長5) この年 小西行長上洛。  
  9.15   関が原合戦。西軍の小西行長敗走。
  9.20 加藤清正軍,石ノ瀬口にて小西勢と戦闘。  
  9.21 加藤清正,宇土城を攻め,城下を焼き払う。  
  10.1 小西行長,京都六条河原にて処刑される。  
  10.15 宇土城が開城。  
1601(慶長6) 2.- 加藤清正,旧小西領を含めた肥後一国と豊後三郡を拝領。   
1602(慶長7) この年   加藤清正,領内のキリスト教を禁止。

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江戸時代
西暦   宇土の歴史 日本・熊本の歴史
1603(慶長8) 2.12   徳川家康,征夷大将軍となる。
  11.7 加藤清正,小西行長のキリシタン旧臣を捕え弾圧。  
1605(慶長10) この年 加藤清正,宇土郡に新地を築立。  
1607(慶長12) 12.1 加藤清正,緑川の改修に着工。(翌年竣工)  
  この年   熊本城が完成し隈本を熊本と改称。
      イタリアジェノバで小西行長を題材にした音楽劇が上演される。
1608(慶長13) この頃 加藤清正が宇土城を隠居所とするために大改修。  
1611(慶長16) 6.24   加藤清正死去。
  8.4   徳川家康,加藤忠広に遺領相続を許可。
  この年 宇土のキリシタン,宇土郡船井村実興寺を破却したといわれる。  
1612(慶長17) 3.21   幕府,キリシタンを禁止し,京都の教会堂を破却。
  この年 幕府,宇土城・水俣城・矢部城の破却などを命じる。  
    宇土・川尻・小川でキリシタンを調査。 幕府,直轄領に禁教令を発布。
1613(慶長18) 12.19   幕府,キリスト教を禁止。
1614(慶長19) 10.1   大坂冬の陣。
  10.19   加藤忠広・細川忠興,大坂出陣の特命を受ける。
1615(元和元) 4.6   大坂夏の陣。豊臣氏滅亡。
  閏6.13   幕府,一国一城令を発布。
1616(元和2) 4.17   徳川家康死去。
1627(寛永4) 8.2   肥後領内で大洪水。
1632(寛永9) 6.1   加藤家改易。
  10.4   細川忠利,肥後国を拝領。
1635(寛永12) 6.21   幕府,武家諸法度を改定し,大名の参勤を義務化。
1637(寛永14) 10.25   島原の農民ら蜂起。(島原の乱)
  10.29   天草の農民,島原の一揆に呼応。
  10.30 宇土郡奉行小林十右衛門,大矢野大庄屋渡辺小左衛門一行5名を郡浦で捕縛したことを藩に報告。
  また,宇土郡江部村の甚兵衛とその子益田四郎(天草四郎)も乱に参加していることも報告される。
 
    その後,母姉捕まる。  
1638(寛永15) 2.28   原城が落城。
  9.2   幕府,再びキリシタン禁令を発布。
  11.8 熊本・宇土など領内12か所にキリシタン禁制の高札立つ。  
1639(寛永16) 4.9 宇土牧山の馬目録を提出。(馬数55疋)  
  7.4   幕府,ポルトガル船の来航を禁止。
  12.24 宇土牧山の馬,今夏多く死馬につき母馬調達のため薩摩に馬口労を派遣。  
1641(寛永18) 4.2   オランダ商館職員,長崎出島に移る。
  5.5   細川光尚,本家の家督を相続。
1642(寛永19) 5.9   幕府,譜代大名に参勤交代を命じる。
1645(正保2) 閏5.11   細川立允(立孝),江戸中屋敷で死去。
1646(正保3) 6.12 宮松(のち細川行孝)に宇土・益城郡の内3万石が内分される。  
    宇土支藩が成立。  
  6.25   細川光尚,八代には松井興長を置くことを表明。
1647(正保4) 9.- 宇土の細川行孝屋敷が完成。  
  この年 宇土の武家屋敷や下級家臣団の屋敷が完成。  
    宇土牧山の馬目録を提出。(馬数78疋)  
1648(慶安元) この年 細川行孝,宇土三宮大明神宮の流鏑馬を再興。  
1649(慶安2) 2.26   幕府,慶安御触書を発布。
1663(寛文3) 8.- 轟泉水道の敷設工事が開始。  
1664(寛文4) 12.- 轟泉水道完成。  
1687(貞享4) 1.28   幕府,生類憐みの令を発布。
1690(元禄3) 8.1 細川有孝,家督を相続。  
1700(元禄13) この年 細川有孝,石瀬に菅原神社を建立。  
1701(元禄14) 3.14   赤穂藩主浅野長矩,江戸殿中で吉良義央(上野介)を斬る。
  宇土出身の蘭学医・栗崎正羽(まさゆき)が負傷した吉良上野介を治療。
1702(元禄15) 12.15   赤穂浪士大石良雄ら,吉良を討つ。
1703(元禄16) 9.6 細川興生,家督を相続。  
1724(享保9) この年 細川興生,住吉神社に高灯籠を建設。  
1735(享保20) 11.2 細川興生,隠居し細川興里が家督を相続。  
1742(寛保2) 4.6   幕府,公事方御定書を制定。
1745(延享2) 閏12.16 細川興周(のち興文),家督を相続。  
1757(宝暦7) 9.- 宇土町が准町に指定される。  
1763(宝暦13) この年 細川興文,藩校温知館を設立。  
1766(明和3) 4.- 太田黒高行に西岡神宮神殿造営を命じる。  
1767(明和4) 7.1   田沼意次,側用人に就任。
1769(明和6) この年 片山中良の指揮で,轟泉水道の改修。記念碑文を帆足通禎が起草。  
1771(明和8) この年 細川興文,桂原(現宇城市不知火町桂原)に蕉夢庵を建設。  
1772(安永元) 1.25 細川立禮,家督を相続。  
1774(安永3) 8.-   前野良沢・杉田玄白『解体新書』を刊行。
1787(天明7) 6.19   松平定信,老中に就任。
  9.19 宇土藩主細川立禮,本藩家督を相続。宇土藩家督は細川立之が相続。  
1792(寛政4) 4.1   雲仙普賢岳噴火。
    肥後領内沿岸部に津波押し寄せ,被害甚大。  
  10.- 熊本城下細工町別当忠助,藩に網田焼の開窯を願い出る。  
1793(寛政5) この年 網田焼の焼成が始まる。  
1795(寛政7) この年 宇土藩の財政が本藩の管理下に置かれる。  
1798(寛政10) 10.- 網田皿山,勘定方引受(藩窯)となる。  
1801(享和元) 10.- 近久信次(のちの第8代横綱不知火諾右衛門)轟村栗崎に生まれる。  
1818(文政元) 8.9 細川立政,家督を相続。  
1820(文政3) 8.- 宇土郡などの新地干拓計画が進む。  
1821(文政4) この年   伊能忠敬『大日本沿海実測録』が完成。
1825(文政8) 2.18   幕府,諸藩に対し異国船打払令を発令。
1826(文政9) 3.29 細川立政,本藩家督を相続。  
  4.4 細川之壽(のち行芬),家督を相続。  
1837(天保8) 2.19   大塩平八郎の乱起こる。
1839(天保10) 12.-   水野忠邦,老中首座に就任。
1840(天保11) 11.- 不知火諾右衛門,第8代横綱となる。  
1848(嘉永元) この年 立岡堤の再拡張工事。  
1851(嘉永4) 5.24 細川立則,家督を相続。  
1853(嘉永6) 6.3   ペリー,浦賀に来航。
1854(安政元) 3.3   日米和親条約調印。
  この年 細川立則,温知館の武芸所として武館を設立。  
    花園堤の造成開始。(1855年完成)  
1858(安政5) 4.23   井伊直弼,大老に就任。
  6.19   日米修好通商条約調印。
  9.-   安政の大獄始まる。
1860(万延元) 3.3   桜田門外の変起こる。
1862(文久2) 1.21 細川立則,病気隠居につき細川行眞が家督を相続。  
  8.21   生麦事件起こる。
1864(元治元) 7.5 宗方小太郎生まれる。  
  8.5   英・仏・米・蘭の連合艦隊,下関を砲撃。
1865(慶応元) この年 細川行眞,樹徳斎を設立。  
1867(慶応3) 10.14   大政奉還。
  12.9   王政復古の大号令が発せられる。
1868(慶応4) 1.3   鳥羽・伏見の戦いが勃発。(戊辰戦争始まる)

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明治時代
西暦   宇土の歴史 日本・熊本の歴史
1869(明治2) 5.18   榎本武揚ら旧幕府軍,五稜郭を開城。(戊辰戦争が終結)
  6.17   版籍奉還。細川韶邦が熊本藩知事に任命される。
  8.- 熊本藩が宇土小路など6か所に郷学校を設立。  
1870(明治3) 4.8 宇土牧が廃止される。  
  8.19 宇土藩で諸役を廃止。  
1871(明治4) 7.14   廃藩置県。
    熊本藩は熊本県となり,宇土郡は熊本県に属す。  
  11.12   岩倉使節団,横浜を出港。
  11.13 全国の県を改廃。改めて熊本県と八代県を設置。宇土郡は八代郡に編入。  
1872(明治5) 5.23   明治天皇,中国・九州巡幸に出発。
  6.14   熊本県を白川県に改称。
  7.1 宇土郵便役所を本町1丁目に設置。  
  8.2   学制を頒布。
  10.1 宇土小学校が開校。  
1873(明治6) 1.15   八代県を白川県に編入。
1874(明治7) 1.17   板垣退助・江藤新平ら民撰議院設立建白書を提出。
  10.19 新開村と下新開村が合併し,新開村となる。  
    伊津野村と鶴見塚村が合併し,野鶴村となる。  
  12.4 椿原村と下椿原村が合併し,椿原村となる。  
    恵里村と下恵里村と飯塚村が合併し,恵塚村となる。  
    神原村と神山村が合併し,神合村となる。  
  この年 国津武・日隈次郎の私塾を赤瀬小学校とする。  
    網引・新開・網津・笹原・笠岩・長浜・戸口・宮庄・神馬の各小学校が開校。  
1875(明治8) 10.- 走潟小学校の開校。  
  12.28 神社神格を定める。西岡神社・郡浦神社が郷社となる。  
  この年 岩古曽・網田・花園・古保里・松山・椿原の各小学校が開校。  
1876(明治9) 2.22   白川県を熊本県に改称。
  3.28   廃刀令。
  11.22 城神山村と馬場村が合併し,神馬村となる。  
    新町出村と本町出村が合併し,段ノ原村となる。  
    岩熊村・布古閑村・曽畑村・上古閑村が合併し,岩古曽村となる。  
    佐野村と三日村が合併し,花園村となる。  
1877(明治10) 2.15   私学校軍,鹿児島を進発。(西南戦争開始)
  3.- 郡浦神社が阿蘇神社摂社の一つに定められる。  
  4.2 衝背軍(政府軍)が本陣を宇土町吉田収蔵家に移す。  
  4.5 黒田清隆が本営を宇土に移す。  
  8.31 宇土警察署が開庁。  
  9.24   西郷隆盛自刃。西南戦争が終結。
1878(明治11) 5.14   大久保利通,暗殺される。
  7.22   地方三新法を公布。(郡区町村編制法・府県会規則・地方税規則)
1879(明治12) 1.20   熊本県は大区小区制を廃止し,郡区制を導入。
  2.7 宇土町に宇土郡役所を設置。郡長には上羽勝衛が就任。  
  4.15 宇土第百三十五国立銀行(後の肥後銀行)が創業。  
  4.21 網田郵便局が開設。  
  9.29   学制を廃止し,教育令を公布。
1880(明治13) 4.- 東瀬連らが自助社を設立。  
1881(明治14) 10.12   国会開設の詔を発布。
1885(明治18) 12.22   内閣制度創設。初代内閣総理大臣に伊藤博文が就任。
  この年 御手洗小学校を網田小学校に改称する。  
1886(明治19) この年 宗方光が宇土町門内に県下初となる宇土幼稚園を設立。  
1887(明治20) 4.12 宇土本町に宇土高等小学校開校。  
  4.- 宇土小学校を宇土尋常小学校に改称。  
1888(明治21) 4.25   市制・町村制を公布。
  12.26 立岡村字晩免の墳墓が宮内省により陵墓参考地に指定される。  
1889(明治22) 2.11   大日本帝国憲法を公布。
  4.1 市制・町村制を施行。宇土郡は1町51ヵ村から15ヵ町村となる。  
  6.- 宇土商工青年会が発足(1892年に宇土商工会と改称)。  
  7.1   東海道本線が全線開通。
1890(明治23) 10.30   「教育ニ関スル勅語」を渙発。
  11.29   第1回帝国議会開会。
1891(明治24) 4.- 網津村の尋常網津小学校が新築落成。  
1892(明治25) 8.5 浅井九郎が宇土町長に就任。  
  11.16 鶴城学館が仮開館。  
1893(明治26) 4.1 鶴城学館が正式に開館。  
1894(明治27) 8.1   日清戦争開始。
1895(明治28) 4.17    日清講和条約(下関条約)に調印。
  7.25 県下で唯一のマッチ工場「舞鶴合資会社」創業。  
  10.- 宗方小太郎の歓迎会を宇土で開催。  
1896(明治29) 4.6   第1回近代オリンピックがアテネで開催。
  この年 網田村でネーブルの栽培が始まる。  
1899(明治32) 3.16   戸籍法・改正府県制・改正郡制を公布。
  12.25 九州鉄道三角線が全線開通。  
1902(明治35) 1.30   日英同盟に調印。
  4.1 鶴城学館が閉館。  
  11.11 明治天皇が宇土に行幸。  
1904(明治37) 2.10   日露戦争開始。
1905(明治38) 5.27〜   日本海軍,バルチック艦隊を撃破(日本海海戦)
  9.5   日露講和条約(ポ−ツマス条約)に調印。
1907(明治40) 8.5 三角線赤瀬駅が開業。  
  9.9 網田尋常高等小学校赤瀬校が落成。  
  12.11 明治天皇御野立記念碑竣成式開催。  
1912(明治45) 5.- 宇土町新3丁目に芝居小屋「轟座」が完成。  

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大正時代
西暦   宇土の歴史 日本・熊本の歴史
1914(大正3) 7.28   ドイツ,セルビアに対し宣戦布告。(第1次世界大戦開始)
  8.23   日本,ドイツに宣戦布告。
1915(大正4) 11.10   大正天皇が即位。
1917(大正6) 5.26 轟貝塚を発掘。  
1918(大正7) 8.3   富山県で米騒動起こる。以後全国に波及。
  8.16 宇土町で外米の廉売が始まる。  
  11.11   ドイツ,連合国と休戦協定。(第1次世界大戦終結)
1920(大正9) 1.10   国際連盟を設立。
  5.2   日本最初のメ−デ−。
1921(大正10) 2.- 宇土町立宇土図書館を設立。  
  4.1 県立宇土中学校が開校。  
  12.13   ワシントン会議で日英米仏4ヶ国条約に調印。(日英同盟廃棄)
1922(大正11) 2.11 「宇土町実業野球団二葉倶楽部」が誕生。  
1923(大正12) 9.1   関東大震災。
1925(大正14) 4.22   治安維持法を公布。
  5.5   普通選挙法を公布。(男子普通選挙実現)

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昭和時代
西暦   宇土の歴史 日本・熊本の歴史
1926(昭和元) 12.25   大正天皇崩御。昭和と改元。
1927(昭和2) 3.- 町立宇土幼稚園を設立。  
1928(昭和3) 11.10   昭和天皇即位。
1929(昭和4) 10.24   ニュ−ヨ−ク株式市場が大暴落。(世界恐慌始まる) 
1930(昭和5) 4.22   日米英,ロンドン海軍軍縮条約に調印。
1931(昭和6) 9.18   満州事変起こる。
1932(昭和7) 5.15   海軍青年将校ら犬養毅を射殺。(5.15事件)
1933(昭和8) 3.27   日本,国際連盟を脱退。
1936(昭和11) 2.5   日本職業野球連盟が発足。(2月9日,日本最初のプロ野球試合開催)
  2.26   皇道派青年将校らが反乱を起こす。(2.26事件)
  9.- 網田焼再興研究会が発足。  
1937(昭和12) 8.15   政府,中国国民政府膺懲を声明。(日中戦争開始)
1938(昭和13) 4.1   国家総動員法を公布。
  10.29 ヒトラー・ユーゲント来熊。宇土駅ホームでも盛大に歓迎。  
  12.- 宇土町に教育委員会を設置。  
1940(昭和15) 9.27   日独伊三国同盟に調印。
1941(昭和16) 4.13   日ソ中立条約に調印。
  9.1 日本合成熊本工場が始業。  
  12.8   日本,真珠湾を攻撃。(太平洋戦争開戦)
1945(昭和20) 3.10   東京大空襲。
  4.1   アメリカ軍,沖縄本島に上陸。
  8.6   広島に原子爆弾投下される。
  8.7 宇土町空襲。  
  8.8   ソ連,中立条約を破棄して侵攻開始。
  8.9   長崎に原子爆弾投下される。
  8.10 宇土町空襲。  
  8.15   昭和天皇,敗戦を国民に向けて放送。
  10.31 戦後最初の宇土町議会を開催。  
1946(昭和21) 11.3   日本国憲法を公布。
1947(昭和22) 3.31   教育基本法・学校教育法公布。
  5.3   日本国憲法が施行される。
  9.6  新築の宇土駅が完成。  
  10.4 宇土新制中学校・小学校が完成。  
1948(昭和23) 4.1 新制宇土高等学校(県立)が開校。  
1949(昭和24) 9.1 組合立鶴城中学校が開校。  
1950(昭和25) 8.27 宇土町役場が完成。  
1951(昭和26) 1.3   第1回紅白歌合戦を開催。
  2.5 宇土町公民館報(のち「広報宇土」)創刊。  
  9.8   サンフランシスコ平和条約・日米安全保障条約に調印。
1953(昭和28) 11.- 境目西原の畑地で大型甕棺が出土。  
1954(昭和29) 4.1 宇土町・花園村・轟村・緑川村・網津村が合併して宇土町となる。  
  4.24 宇土町長に大和忠三が就任。  
  9.21 宇土町社会福祉協議会が発足。  
  10.1 飽託郡走潟村と不知火村伊無田が宇土町に編入合併。  
1955(昭和30) 9.2 花園幼稚園開園。  
1956(昭和31) 3.31 網田村役場新庁舎完成。  
  4.1 下益城郡富合村三十丁地区が宇土町に編入される。  
  6.26 宇土御獅子舞,宇土町文化財第1号に指定される。  
  12.18   日本,国際連合に加盟。
1958(昭和33) 3.- 立岡堤の公園化と轟水源保護の条例を制定。  
  4.13  昭和天皇,松山の水稲早期作田植を天覧。(昭和天皇行幸碑)  
  4.- 宇土城跡など6史跡が町文化財に指定される。  
  10.1 宇土町が網田村を編入合併し市制施行。(宇土市誕生)  
    初代宇土市長には前宇土町長大和忠三が就任。  
  12.23   東京タワーが完成。
1959(昭和34) 4.10   皇太子明仁親王と正田美智子が結婚。
  4.16   国民年金法を公布。
  7.3 宇土本町2丁目スーパーマーケット「冨久屋センター」が開店。  
  8.1 第1回市民早起野球大会が開幕。  
  10.28 曽畑貝塚の発掘調査開始。  
1960(昭和35) 1.- 轟座,有限会社銀星映劇となる。  
  1.19   日米新安保条約・地位協定に調印。(5月20日 自民党強行採決)
  10.25 『宇土市史』を刊行。  
  11.5 宇土小学校講堂で小西行長公没後360年記念祭を開催。  
1961(昭和36) 3.- 宇土市軟式野球連盟が発足。  
  5.7 緑川小学校で第1回市民体育祭を開催。  
  6.26 宇土御獅子舞,県無形民俗文化財に指定。  
1963(昭和38) 4.14 住吉自然公園のキャスリーン・メアリー・ドゥルー女史記念碑の除幕式。  
1964(昭和39) 4.14 宇土市文化協会が発足,宇土市農協が発足。  
  10.1   東海道新幹線が開業。
  10.10   第18回オリンピック東京大会が開幕。(〜10月24日)
1965(昭和40) 1.11 轟保育園が開園。  
  5.8 宇土市新庁舎が完成。  
1966(昭和41) 3.19 熊日調査団が轟貝塚の発掘調査を実施。(〜3月30日)  
  4.1 宇土市が大字を廃止し新町名を実施。  
  9.24   天草五橋が開通。

1967(昭和42)

4.- 宇土小学校と轟小学校が合併。  
1968(昭和43) 12.10   東京府中で3億円事件が発生。
1969(昭和44) 3.20 如来寺仏像3体栗崎天神樟が熊本県文化財に指定される。  
  9.13 熊日学術調査団が向野田古墳の発掘調査を実施。(〜22日)  
  11.10 戸口町で大火全焼30戸,半焼5戸。  
1970(昭和45) 3.14   日本万国博覧会(大阪万博)が開幕。(〜9月13日)
  3.18 宇土市高柳町に統合宇土小学校が落成。  
  3.31   赤軍派,日航機よど号をハイジャック。(よど号ハイジャック事件)
  10.28 向野田古墳出土品と細川家陣旗竿が宇土市文化財に指定される。  
1972(昭和47) 2.19   連合赤軍,浅間山荘に人質をとり籠城。(浅間山荘事件)
  5.15   沖縄が本土復帰。
  6.1 宇土市民会館が開館。  
  8.28 宇土・富合清掃センターが完成。  
  9.29   日中国交正常化。
1973(昭和48) 4.-   新熊本空港がオープン。
  4.8 網田地区市民グラウンドの完成。  
  8.- 宇土高校社会部が宇土城跡でキリシタン瓦を発掘。(小西行長に関する初の遺物)  
  10.-   第1次石油危機。(オイルショック)
  11.29   熊本大洋デパートで火災。
1974(昭和49) 3.2 宇土城跡(西岡台)の発掘調査を開始。  
  8.21 第5回全日本中学軟式庭球選手権で網田中学校の田端・加悦組が優勝。  
  10.14   巨人軍長嶋茂雄が現役引退。
1975(昭和50) 3.8 花園小学校の創立100周年記念祭を開催。  
  3.29 宇土市花園に「ひのくにランド」が開園。  
  8.- 第6回全日本中学生軟式庭球選手権で網田中学校連覇。  
  8.22 都市計画街路・宇土中央線が開通。  
  9.27 網津小学校の創立100周年祭を開催。  
  12.- 細川家献上の網田焼茶碗5客が宇土市文化財に指定される。  
1976(昭和51) 2.4   ロッキ−ド事件が発覚。
  2.13 網田焼窯跡楢崎古墳が熊本県文化財に指定される。  
  4.5   第1次天安門事件起こる。
  5.1 宇土市立図書館が開館。  
1977(昭和52) 7.14   日本初の静止気象衛星「ひまわり」打ち上げ。
  9.3   巨人軍王貞治,ホームラン世界新記録を樹立。
  9.5   国民栄誉賞を創設。受賞第1号は巨人軍の王貞治。
1978(昭和53) 3.- 宇土市史研究会が発足。  
  8.12   日中平和友好条約調印。
  9.27 宇土市民憲章を制定。  
1979(昭和54) 3.12 宇土城跡(西岡台)が国指定の史跡となる。  
  4.4 向野田古墳出土品が国の重要文化財に一括指定される。  
1980(昭和55) 4.- 「宇土市史研究」を創刊。  
  7.19 宇土市民体育館が完成。  
  10.1 「小西行長公三百八十年祭」記念行事を開催。小西行長銅像の除幕式。  
1984(昭和59) 1.- 西岡台貝塚でドングリの貯蔵穴を発見。  
1985(昭和60) 7.- 轟水源が「日本名水百選」に選定される。  
  8.12   日航ジャンボ機墜落事故起こる。
  8.- 「くまもと名水百選」に宇土市から4か所が選定される。(轟水源・光園寺跡地毘沙門堂池・白鹿神社の水・千体仏の水)  
1986(昭和61) 7.20 岩古曽町上古閑地区の大太鼓が50年ぶりに復元される。  
  8.2 第1回宇土大太鼓フェスティバルを開催。  
1987(昭和62) 4.1   国鉄が民営化。
  4.8 宇土東小学校(宇土市築籠町)が開校。  
  11.- 長浜出身の西川清紀が第35回全日本剣道選手権大会で優勝。(1989年・1994年も優勝)  
1988(昭和63) 3.13   青函トンネルが開業。
  12.30   消費税法公布。(1989年4月1日 施行)

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平成時代
西暦   宇土の歴史 日本・熊本の歴史
1989(平成元) 1.7   昭和天皇崩御。平成と改元。
  6.4   天安門事件起こる。
1990(平成2) 3.1 宇土市シルバー人材センターがスタート。  
  7.27 宇土雨乞い大太鼓保存会が発足。  
  11.12   天皇即位の礼を挙行。
  11.17   雲仙普賢岳が噴火。
  この年   バブル経済の崩壊始まる。
1991(平成3) 6.3   雲仙普賢岳で大規模な火砕流が発生。
  9.27   全国で台風19号被害。
  11.17 宇土市大太鼓収蔵館が開館。  
1992(平成4) 4.10 新宇土市史の編纂がスタート。  
1993(平成5) 9.30   政府,コメの緊急輸入を決定。(平成の大不況)
  12.- 宇土市の人口が3万5千人を越える。  
1995(平成7) 1.17   阪神・淡路大地震起こる。
  3.20   地下鉄サリン事件が発生。
  4.3 宇土市の花と鳥がアジサイとメジロに決定。  
  7.27   九州自動車道が全線開通。
  11.10 大型ショッピングセンター「UTO−うと−」がオープン。  
1996(平成8) 7.- 御輿来海岸が「日本の渚・百選」に選定される。  
  9.26 御輿来海岸が「新熊本百景」に選定される。  
1997(平成9) 12.11   京都議定書を採択。
1998(平成10) 1.17 大阪府高槻市の今城塚古墳で馬門石製石棺片を発見。  
  2.2 宇城広域連合がスタート。  
  4.1   大規模金融制度改革(日本版金融ビッグバン)スタ−ト。
1999(平成11) 6.23   男女共同参画社会基本法が成立。
  9.11 宇土マリーナでくまもと未来国体ヨット競技を開催。(〜14日)  
  9.24   台風18号による被害。
  10.23 くまもと未来国体が開幕。(〜10月28日)  
  10.24 市民体育館でくまもと未来国体相撲競技を開催。(〜27日)  
  11.23 JR三角線開通100周年記念式典を開催。  
2000(平成12) 10.1 小西行長公没後400年記念事業を開催。  
2001(平成13) 4.14 キャスリーン・メアリー・ドゥルー女史生誕100年記念式典を開催。  
2002(平成14) 7.1 宇土・富合合併協議会(法定協議会)を設立。  
2003(平成15) 12.19 宇土市と富合町が合併協定書に調印。  
  12.26   自衛隊のクウェ−ト派遣が開始。
2005(平成17) 3.13 富合町住民投票の結果,宇土市との合併賛成が過半数に至らず,合併を断念。  
  7.24 大王のひつぎ実験航海の古代船「海王」が大阪までの実験航海のため宇土マリーナを出航。  
  8.26 大王のひつぎ実験航海の古代船「海王」が大阪南港に到着。  
  10.14   郵政の民営化関連法案が成立。
2008(平成20) 10.1 市制施行50周年記念式典を開催。  

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